映画「初めての女」(プロデュース作品)
少しずつ、私たちがこれまでやってきた作品についても記事を書いていこうと思います。
映像制作の現場も形を時代とともに変えていっているので、今考えると中々学生映画のような体制での初プロデューサー作品でした。
飛騨高山での撮影で本当にたくさんの方が協力してくれて成り立った作品でした。
一般社団法人高山市文化協会が、令和元年に設立70周年を迎えたことを記念し、同協会が制作した映画で、地元の皆さん、撮影スタッフ、キャストに支えられてやっと作品になりました。
今となっては笑い話ですが、撮影3日目にして、制作部から8シーン撮りこぼしてますという報告を受けた時はこのままでは終わると思い、会社に内緒ですぐにその週末に休みを返上して撮影現場に駆け込みました。
別件もあり、どうしてもつきっきりで現場にいることができなかったので、本当にスタッフとキャストに助けられました。高山の男性宿泊合宿所で夜通し、美術香盤を書き換え、明け方になってしまって、制作部と朝食の用意をそのまましていたのを現場の度に思い出します。
あの時のメインスタッフの7割は今でも一緒に作品作りをしています。
やっぱり苦難を共に乗り越えたスタッフへの信頼は絶大です!
俳優部もとてつもない体制の中、すごい力を発揮してくれました。
今でも活躍されてる俳優部ばかりですが、やはりこの作品のお芝居は各俳優部の力を見せつけられました。
その役を高橋くん、三輪さんが、芋生さんが演じたから、孝作が、菊が、玉が、画に生きていた実感がありました。
こう言うと聞こえがいいのですが、メインキャストの皆さんには監督と一緒に実際のロケ地に2週間前のりしてリハーサルをしてもらいました。
これは各事務所さんの大協力のおかげで奇跡的に行えたリハーサルです。
合宿撮影になってしまうくらいには我々の座組として与えられた予算は限られていたので、これは本当に俳優部ご本人、事務所さんのこの作品への心意気としっかり俳優部と関係値を築いてくれた監督のおかげで普段は確保できない貴重な時間をいただけました。
こうして自分で作品を作るといかにこれから俳優として成功していくことが、今ある時間をどう活用できるかが勝負だなと常々思います。
責任を持って向き合う台本と役があって、それを映像にするために向き合ってるスタッフと一緒に作品作りをお仕事としてお金をもらいながら生きていけてる人と、バイトをしながら、レッスンを受けながらオーディションに受かるのを待っている人では差がどんどんついてしまう。
自分もあの位置に行きたいのにどうしたらいいかと不安になるし、焦る。
急に根性論みたいになりますが、それでも本気で向き合う、取り組むのが一番効率的で効果的だと思います。
レッスン受けてくれている生徒にも話すのですが、もちろんキャリアの差は埋められないかもしれないけど、たとえばAくんという、あなたの友達そっくりな役を演じるということであれば、きっと今、テレビや映画で見るどんなスターよりあなたの方がリードしていると思います、と。
この辺りはきちんと会話しながらでないと伝わらないのですが、すごく頑張らないといけないということは事実ですが、すごく絶望的かというとそうではないから一個ずつ自分を積み立てていこうねと生徒に話しています。
「初めての女」の孝作も自分をきちんと積んできた人だと感じました。
もしちょっとでも作品に興味が出たら、監督が当時のことをブログにしてくれています。
生徒が増えて、映画が撮れるようになったら、お芝居が大好きで演出に真摯に向き合ってくれる監督の彼を福岡に迎えたいと思います。
それまで、監督が東京に呼びたくなるような俳優を福岡で育てたいと思います。